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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)118号 判決

原告

アツプルトン・ペーパーズ・インコーポレイテツド

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和60年審判第12554号事件について、昭和60年12月24日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

訴外ザ・ナシヨナル・キヤツシユ・レジスター・コンパニー(後にエヌ シー アール コーポレーシヨンに社名変更)は、1969年4月8日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和45年4月8日、名称を「記録材料転写シート」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をし(昭和45年特許願第30067号)、昭和48年10月12日に出願公告された(昭和48年特許出願公告第33204号)。原告は、昭和54年5月17日、右訴外会社から本件特許を受ける権利の譲渡を受け、同年7月13日、特許庁長官に対し、右譲渡による特許出願人名義変更の届出をしたところ、特許異議の申立があり、昭和60年3月26日に拒絶査定を受けたので、同年6月24日、審判の請求をした。特許庁は、同請求を昭和60年審判第12554号事件として審理し、同年12月24日、「本件審判の請求は成り立たない。」(出訴期間として90日附加)との審決をし、その謄本は、昭和61年1月29日、原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

(イ)印づけ液体を含む微小な圧力破裂性カプセル単位と、(ロ)カプセル単位と共に接近して散在しカプセル単位の平均直径の少なくとも約1.2倍の平均直径を有するデンプン粒と、(ハ)カプセル及びデンプン粒をウエブ面に一緒に固定し、且つデンプン粒を隣接するカプセル及び隣接するデンプン粒に対しても固定して被覆物に横方向の安定性を与える糊化デンプンからなる結合剤材料とを含むウエブ表面の被覆物と記録シート材料の支持ウエブとから成ることを特徴とする記録材料転写シート

3  審決の理由の要点

1 本願発明の要旨は前項のとおりである。

2 これに対し、昭和43年3月28日に出願された同年特許願第20261号(以下「先願」という。)の明細書(特公昭47―1178号公報)に記載された発明(以下「先願発明」という。)の要旨は、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、「支持体上に少なくとも、(a)発色剤を含有するマイクロカプセルと、(b)澱粉又は澱粉誘導体の微粉末よりなる分散物を塗設してなる感圧記録紙にあるものと認められる。

3 そこで、本願発明と先願発明とを対比すると、本願発明における(イ)の印づけ液体を含む微小な圧力破裂性カプセル単位、(ロ)のカプセル単位と共に接近して散在しカプセル単位の平均直径の少なくとも約1.2倍の平均直径を有するデンプン粒(水不溶性である)は、それぞれ先願発明における(a)発色剤を含有するマイクロカプセル、(b)澱粉又は澱粉誘導体の微粉末に相当し、請求人(原告)も認めるように、その粒径を含めてその間に相違はなく、更に、本願発明において記録材料転写シートといい、先願発明において感圧記録紙というのも、それは表現の差異にすぎないから、両者はいずれも印づけ液体を含む微小な圧力破裂性カプセル単位と、カプセル単位と共に接近して散在しカプセル単位の平均直径の少なくとも約1.2倍の平均直径を有する水不溶性のデンプン粒を含有する分散物を支持ウエブ面に被覆してなる記録材料転写シートである点で軌を同じくするものである。

従つて、両者間において問題となる点は、本願発明では前記分散物中に結合剤として糊化デンプンを存在させたものを用いるとするのに対し、先願発明にはその旨の直接的記載がない点である。

4  しかしながら、カプセルと水不溶性のデンプン粒を含有する分散物を支持ウエブ面に被覆、固定して記録材料転写シートとするためには、当然のことながら、分散物中に結合剤の存在することが必要不可欠であるところ、これに併せて、カプセル液を製造した際には、カプセル壁の形成に与らなかつたゼラチンやアラビアゴム等がなおカプセル液中に十分残存するのが通常であることと、先願発明では、ゼラチンやアラビアゴムを用いて製造したカプセル液からカプセル単位を単離精製せずに分散物の組成に用いていることがその明細書発明の詳細な説明の記載(公告公報2頁の実施例1、そこで引用された米国特許第2800457号明細書の記載を併せる)に徴し明らかであることを考えると、先願発明においても、カプセル液に残存していたゼラチンやアラビアゴム等が被覆分散物中に移行し、これが結合剤として働いていると認めるのが相当であり、この点において両者の間に差異はないということができる。そして、カプセル及び水不溶性デンプン粒をウエブ面に一緒に固定し、かつデンプン粒を隣接するカプセル及び隣接するデンプン粒に対しても固定して被覆物に横方向の安定性を与えるという本願発明の作用効果は、被覆分散物中に存在する結合剤によつて得られるものと認められるのであるから、これと同じ作用効果は、先願発明においても既に達成されているのであり、この点についても両者間に差異はないことになる。

5  もつとも、本願発明では、その明細書の発明の詳細な説明の記載によると、カプセル液の製造に由来する残存結合剤を用いないで、単離精製したカプセル単位に別個に結合剤を添加し、あるいは、残存結合剤を用いつつ、更に別個に結合剤を追加するもののようであるが、本願明細書及び先願発明の明細書の記載を、そこにおいて従来技術を示すものとして引用されている米国特許第2711375号明細書及び同第2800457号明細書の記載と併せ読むと、記録材料転写シートの製造に当り、結合剤の存在をカプセル液中の残存ゼラチンやアラビアゴムに求めるか、あるいは、別個に分散物中に結合剤を添加するかは、いずれも本願優先権主張日前更には先願発明の出願前において技術水準をなすものとして当業者間に普通に知られていたものと認めるのが相当であり、しかも先願発明は、結合剤の存在につき特定の方法を除外したり、特定の方法による旨に限定していないから、結合剤の別個の添加という方法は、先願発明においても包含されているといわざるを得ない。

6  また、カプセルをウエブ面に固定する結合剤として、紙コート用の澱粉すなわち糊化デンプンを用いることは、同じく米国特許第2711375号明細書に記載され、先願発明の出願前普通に知られているものであり、この使用によつて作用効果上格別の点が生じたわけでもないから、先願発明は、糊化デンプンの使用をも当然に包含しているといわなければならない。

7  そうすると、本願発明と先願発明とは、同一の発明であるから、本願発明は、特許法39条1項の規定により特許を受けることができない。

4 審決の取消事由

審決の理由の要点1ないし3及び4の事実中カプセルと水不溶性のデンプン粒を含有する分散物を支持ウエブ面に被覆、固定して記載材料転写シートとするためには分散物中に結合剤の存在することが必要不可欠であることは認めるが、4のその余の事実及び5、6は否認し、7は争う。

審決は、先願発明における明細書の特許請求の範囲の記載を誤認し、かつ、本願発明の内容についても誤つた認定をし、このため本願発明と先願発明とは同一の発明であると誤つて判断した点に違法があるから取消されるべきである。

1 2つの発明が同一であるとするには、その発明の構成要件はもとよりその発明の目的、作用、効果をも合せて勘案して始めて判断し得るものである。

本願発明は、その明細書(特公昭48―33204号公報、甲第2、3号証)の特許請求の範囲に記載された構成要件をもつことにより、特に記録シートの横方向(水平方向)に加わる外圧(例えば記録シートの取扱い中、カレンダー処理中、ロール巻き上げ中等に生ずる局部圧力)によりカプセル(発色物質を含有)が破裂しいわゆる摩擦汚れが発生することを防止することに成功した。

これに対し、先願発明はその明細書(特公昭47―1178号公報、甲第4号証)に記載のとおり感圧記録紙の断裁、印刷等の加工時における発色汚れの改良を目的としたものである。即ち断裁あるいは印刷時に加わる外圧は記録紙(シート)に対して水平でなく垂直である。先願発明は本願発明の目的とする水平方向の外圧に起因する摩擦汚れを防ぐことを意図したものでなく、又それを防ぐ具体的手段をも講じたものでなく、垂直方向の外圧に起因する発色汚れの改良を目的とし、更に記録紙のめくり性の向上、多数枚コピー時における複写鮮明度の向上等の性能アツプをはかることを目的としたものである。

2 右の点は先願、本願、双方の明細書の記載を参照すれば更に明確になる。即ち先願明細書(甲第4号証)4欄28行~5欄4行記載の表における「40kg/m2加重圧による発色濃度」とは垂直方向からの加重をかけた時の記録紙に発生する発色汚れを測定したもので、このことは前後の記載に徴して明らかである。

これに対し、本願明細書(甲第2号証)12欄の「比較試験データ」表及び13欄20行~32行記載の表における「FS」とは摩擦汚れ、即ち記録紙の水平方向に加わる圧力に原因して発生する汚れを意味することは同明細書記載事項から明らかである。ちなみにここにいう垂直方向の圧力とは、例えば貯蔵のため記録紙を多数枚積み重ねた場合該記録紙の平面に対し実質的に垂直に加わる加重を指すもので、これが原因で発生する偶発的な記録紙の汚れを先願明細書では「発色汚れ」と表現している。これに対し、水平方向(横方向)の圧力とは例えばロール状に記録紙を巻き上げたりした時に該記録紙の面に対し実質的に平行に加わる加重を指し、これが原因で発生する偶発的な記録紙の汚れを本願明細書では「摩擦汚れ」と表現したものである。

このように、先ず先願発明と本願発明とはその出発目的が異なり、従つてその目的を達成する手段即ち構成要件も自ずと異なるのが必然である。

3 更に、審決は、両発明間において問題となる点は、本願発明では前記分散物中に結合剤として糊化デンプンを存在させたものを用いるとするのに対し、先願発明にはその旨の直接的記載がない点であるとして一旦は両発明間に相違点があると認めながら、そのような結合剤の存在をカプセル液中の残存ゼラチンやアラビアゴムに求めるか、あるいは別個に分散物中に結合剤を添加するかは、いずれも本願さらには先願出願前において技術水準をなすものとして当業者間に普通に知られていたものと認めるのが相当として、結合剤を用いる点に特許性なしと結論している。確かにカプセルと種々のスチルト材(カプセルがこわれにくい保護粒子。先願、本願両発明の場合はデンプン)を支持ウエブ面に固定させるために結合剤を用いること自体出願前公知であることは原告も認めるが、特定の結合剤即ち、糊化デンプンを特定のスチルト材即ちデンプン粒と組合せて用いる点に本願発明の要旨があり、その相乗効果により前記1、2で述べたとおり水平方向の外圧に影響を受けない記録シートが得られる点について先願明細書には何らの記載も示唆もない。にもかかわらず、審決は一方で結合剤を上位概念でとらえ、先願発明は、結合剤の存在につき特定な方法を除外したり、特定な方法による旨に限定していないから、結合剤の別個の添加という方法は、先願発明においても包含されているとしている。

4 また、審決は、カプセルをウエブ面に固定する結合剤として紙コート用の澱粉即ち糊化デンプンを用いることは、米国特許第2711375号明細書(甲第5号証)に記載されており、先願発明の出願前普通に知られているものであると認定している。しかし、同明細書においてはスチルト材としてデンプン粒を使用することは予定されていない。即ち、カプセルをウエブ面に固定するのに糊化デンプンを結合剤として用いることの記載はあつても、スチルト材としてのデンプン粒をカプセルと共にウエブ面に固定するのに糊化デンプンを結合剤として用いることの記載はなく、これが先願発明の出願前に普通に知られているものであるとはいえないはずである。従つて、先願発明が糊化デンプンの使用をも当然包含しているとは到底いえるものではない。

しかも、先願明細書3欄25行~31行には、「通常、澱粉は冷水に不溶であり水と暖めると55から60℃で粒子が膨脹し、ついに粘性の高い半透明の溶液となつて糊化する。そのためカプセル分散液はこれらの澱粉粒の添加時において少なくとも50℃以下の温度、望ましくはは35℃以下の温度でなければならない。」として、むしろ先願発明では澱粉(デンプン粒)を糊化した状態で用いることを排除するが如き記載すらあるのである

このように、審決は、先願発明と本願発明との差異が歴然としているのに、これを否定し、この差異にこそ本願発明の特許に値するメリツトがあるのを看過してなされたものである。

第3請求の原因に対する認否及び主張

1  請求の原因1ないし3は認めるが、4の主張は争う。

2  原告主張の審決取消事由は失当であり、審決には違法の点はない。

1 審決取消事由1、2について

先願発明においても、本願発明と同様に、摩擦汚れの発生の防止、改良を目的としているのであつて、このことは、先願明細書(甲第4号証)2欄1行~6行の記載からも明らかである。その作用効果についても、両者間に差異はない。

2 同3について

感圧記録紙において、澱粉を用いるには2つの場合があるのであつて、その1つはスチルト材として、他の1つは結合剤としての使用である。そして、スチルト材として用いるためには、澱粉が一定の大きさの粒子形状を保持していることが必要であつて、糊化した澱粉では、その目的を達成しえないことが明らかである。原告の指摘する先願明細書3欄25行~31行の記載は、澱粉を結合剤として、すなわち糊化状態で用いることが普通に知られているということを前提にして、澱粉をスチルト材として一定の大きさの粒子形状で用いるためには糊化した状態のものであつてはならないことを説明するものであり、結合剤として用いる場合の糊化澱粉の使用を排除するものではない。むしろ、この記載は、糊化した澱粉は、スチルト材ではなくて、結合剤になつてしまうことを意味するものである。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実及び先願発明の要旨が審決認定のとおりであることは当事者間に争いながい。

2  そこで、原告主張の審決取消事由の有無について検討する。

1 本願発明と先願発明とは、共に印づけ液体を含む微小な圧力破裂性カプセル単位と、カプセル単位と共に接近して散在しカプセル単位の平均直径の少なくとも約1.2倍の平均直径を有する水不溶性のデンプン粒を含有する分散物を支持ウエブ面に被覆してなる記録材料転写シートである点で軌を同じくすること、本願発明では前記分散物中に結合剤として糊化デンプンを存在させたものを用いるのに対し、先願発明にはその旨の直接的記載がないこと及びカプセルと水不溶性デンプン粒を含有する分散物を支持ウエブ面に被覆、固定して記録材料転写シートとするためには、分散物中に結合剤の存在が必要であることはいずれも当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第4、第6号証によれば、先願明細書記載の実施例は、いずれも支持体上への塗布液として米国特許第2800457号明細書記載方法で得たカプセル液を用いたというものであり、右米国特許明細書(甲第6号証)には、カプセル生成用材料としてゼラチン、アラビアゴム等を用い、カプセル単位を単離せず、カプセル分散液をそのまま使用する旨記載されていることが認められるから、分散液中には右ゼラチン等が残存し、残存ゼラチン等が分散物の結合剤の役割を果たすことが推認される。従つて、本願発明、先願発明共に、カプセル及び支持デンプンを支持ウエブ面に固定するために分散物中に結合剤が存在するという点では同一ということができる。

2 しかしながら、成立に争いのない甲第2号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、「本発明シートはかかるカプセル単位をかばい偶発的破裂からこれらを保護するように十分量の冷水不溶デンプン粒又は粒子(これらは平均してカプセル単位より実質的に直径が大きく且つ圧力に対する抵抗性も大きい)と、該単位および粒子を紙面に固定し、且つ被覆に対し、このような粒子を相互にまた隣接するカプセル単位に接着することにより横方向の安定さを与えるためコ化した或は煮たデンプンのような最少量の結合剤材料と共に散在したカプセルによつて特徴づけられる。」(2欄4行~14行)と記載され、実施例として9例中8例が結合剤として糊化デンプンを使用したものが記載され、そのうち4例につき優れた摩擦汚れ強度指数(FS)値が示されていることが認められる。右記載及び前記当事者間に争いがない本願発明の特許請求の範囲によれば、本願発明の結合剤材料はカプセル単位及びデンプン粒をシートに固定するとともに、そのデンプン粒を相互に及びこれとカプセル単位とを相互に固定、接着することにより横方向の安定を与えるためのものであり、またその結合剤材料は先願発明のようにカプセル製造後のカプセル分散液中の残存ゼラチン等をいうのではなく、別個に添加される糊化デンプンに限定されるものであり、これにより前記横方向の安定を与え、原告主張の摩擦汚れの発生を防止する効果を奏するものと認められる(本願発明が右効果を奏することは被告の明らかに争わないところである。)。

3  審決は、本願発明と先願発明とはその作用効果に差異はないと認定し、被告はその根拠として先願明細書2欄1行~6行の記載部分を指摘するので検討する。前掲甲第4号証によれば、先願明細書の被告指摘部分には、先行技術につき、「いずれもカプセルの実用的耐圧性耐摩擦性、耐衝撃性等の強度に関して充分でないため製造時、加工中、あるいは印刷の際において発色汚れを生じた。」との記載があるが、それに引続き、「本発明はかかる感圧記録紙の断裁、印刷等の加工時における発色汚れの改良を目的とする。」との記載があり、同明細書中の実施例1ないし6にはいずれも40kg/m2加重圧による発色濃度試験の結果が記載されていることが認められる。そして、裁断、印刷時に加わる外圧は感圧記録紙に対し垂直であり、右試験は感圧記録紙に対して垂直方向の耐圧試験であることが明らかであるから、右認定の明細書の記載によれば、先願発明は横方向の安定を与え摩擦汚れの発生を防止するという目的、効果を有しないと推認され、これを覆すに足りる証拠はない。そうすると、本願発明と先願発明とはその作用効果に差異はないとする審決の判断は誤りといわざるを得ない。

4  また、本願発明は前記のとおり、カプセル等の分散物中に結合剤を別個に添加するものであるところ、審決は審決の理由の要点5記載の米国特許明細書を根拠に結合剤を別個に添加する技術は周知であるから先願発明も結合剤の別個添加を含むものであると認定する。そこで、結合剤の別個添加が周知か否かについて検討するに、審決指摘の米国特許のうち前掲甲第6号証によれば、米国特許第2800457号(1957年7月23日特許)は名称を「微視状の油含有カプセルおよびその製造方法」とする発明に関するものであるが、その明細書には結合剤を別個に添加する技術思想についての記載は存在しないことが認められる。また、成立に争いのない甲第5号証によれば、米国特許第2711375号(1955年6月21日特許)は名称を「感圧複写シート」とし、記録転写シートの長時間加圧による地肌汚染を防止するために転写シートのフイルムにセルロース繊維を加える発明に関するものであるが、その明細書には「本発明の好ましい実施例においては最初に印刷液含有カプセルを形成し、次にセルロース繊維とバインダーを加える。セルロース繊維はコロイド自体の内部に侵入せずにコロイドカプセルの周囲に交絡される。」(訳文7頁14~17行)、「上記組成物に任意のセルロース繊維を加えることが可能である。紙塗着用スターチをバインダーとして加え、セルロース繊維の紙に対する塗着を助長することができる。」(訳文8頁下から9行~7行)との記載があることが認められるが、右記載だけから結合剤を別個に添加することが周知であるとすることはできないし、他に右の点が周知であることを認めるに足りる証拠はない。そうすると、カプセル等の分散物中に結合剤を別個に添加することが周知であることを前提とし、先願発明も結合剤の別個添加を含むとする審決の判断は、その前提についての証明を欠くから誤りといわざるを得ない。

5  更に、審決は、結合剤として糊化デンプンを用いることは先願発明の出願前普通に知られているもので、作用効果上格別の点もないから先願発明も糊化デンプンの使用を含むと認定する。そこで検討するに、前掲甲第5号証によれば審決指摘の米国特許第2711375号明細書には4で認定したとおりの記載があり、「紙塗着用スターチ」が糊化デンプンであることは原告の明らかに争わないところであるが、右記載によりスチルト材としてのデンプン粒をカプセルと共にウエブ面に固定する結合剤として糊化デンプンを用いることが普通に知られていたと認めることはできないし、作用効果上も3に述べたとおり糊化デンプンを用いる本願発明とこれを用いない先願発明とは差異がないとはいえない。従つて、先願発明が結合剤として糊化デンプンの使用を含むとした審決の判断は誤りといわざるを得ない。

6  以上の次第であつて、本願発明は結合剤として糊化デンプンを別個に添加する点で先願発明とはその構成を異にし、かつ本願発明と先願発明は作用効果上も差異がないとはいえないから、同一発明でないことは明らかであり、これを同一発明と認定した審決には原告主張の違法があるといわなければならない。

3 よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 清野寛甫 木下順太郎)

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